『きりこについて』西加奈子著〜ねこが尊敬する少女の波乱万丈な人生

『きりこについて』西加奈子著〜ねこが尊敬する少女の波乱万丈な人生

ねこ本書評 #05

ユニークな作風で人気の作家・西加奈子によるねこ小説。黒ねこ・ラムセス2世が尊敬を捧げる自信家の少女きりこは、初恋の少年によりによって「ぶす」という言葉でフラれてしまいます。魔法が解けたように自信を失ったきりこは、心を閉ざし引きこもりに。やがてラムセス2世が見守る中、きりこに不思議な能力が目覚めて…。

熱に浮かされたお姫様時代

美男美女の両親のもと「かわいい、かわいい」と大切に育てられ、自信たっぷりに育った少女・きりこ。その性格から、子ども同士で遊ぶときには、尊大な態度でその場を仕切るので、まわりの子も「なんとなく」その空気に巻き込まれ、きりこをリーダーと認識し、きりこの言う通りに従っていました。

そして、みんなで花冠を作ってきりこに捧げる遊びや、きりこが鬼を決める鬼ごっこ(自分は鬼にならない)などの「きりこのによる、きりこのための遊び」ばかりで、子どもたちは毎日を過ごします。

ひらひらやリボンがついたドレスが大好きなきりこ。しかし「世界の中心は自分」という熱に浮かされたようなお姫さま時代は、ある日突然終わりを告げます。初恋の少年・こうた君からフラれたときの言葉に、衝撃を受けたからです。そのとききりこ、小学5年生。

章の区切りにねこの足あとが

寄り添うねこのラムセス2世

ちなみに、この小説はこんな一行で始まります。
「きりこはぶすである」。

(”ぶす”という言葉の、あり・なしが取りざたされる風潮はありますが、そこはひとまず飲み込んでいただいて)きりこは赤ちゃんの頃から、人間界で言うところの「一般的な美人」には当てはまらない容姿でしたが、だれにも指摘されないので、そこに気づくきっかけがなかったのです。

こうた君に手ひどくふられ、それ以来「どこがぶす?」と悩み始めたきりこは、みるみるうちに元気を失います。小学校の同級生たちも「きりこちゃん、ぶすだったんだ」となんとなく腑に落ちたように感じ、みるみるうちにクラス内の人間関係が変わっていきます。

自信を失い、食事も喉を通らなくなったきりこは、学校へも行かなくなり、ひきこもります。そんなきりこのそばについていたのが、黒ねこのラムセス2世。きりこが小学校の体育館裏で見つけて以来、きりこの家族に迎えられた、大変賢いねこなのです。

ねこはすべてを知っている!

きりこと暮らすねこ、ラムセス2世は、己を信じて行動するきりこを信頼し、尊敬していました。きりこもラムセス2世を心から信頼していて、彼らはお互い意思の疎通ができたのです。

この小説によると、ねこはインターネットよりもすごい「ねこネットワーク」を持っており、ねこ同士でいろんな情報を共有しています。よって、賢いラムセス2世に信頼されるきりこは、ねこの世界では非常に評判の高い人物。夜な夜な出かけては、敬意を払ってくれる大勢のねこに囲まれ、きりこは「人間よりねこがいい」と思いながら日々を過ごします。

長く引きこもっていたきりこが、18歳になったある日、同じ団地に住む美少女が泣いている不思議な予知夢を見ます。痛みに共感し、少女を助けたいという衝動が抑えられなくなったきりこは、ねこたちに励まされながら、思い切って日中の外界へと出かけるのです。こうして、きりこに第二の人生が始まります。

小説に登場する”ラムセス2世”は黒ねこです

西加奈子小説のもつ力強さ

西加奈子さんの小説は、どの作品もユーモアと刺激的な要素がたくさん詰まっています。この『きりこについて』では、ねこの世界や子どもたちの間に起こる謎の現象が、独自の見解によって、詳細に面白おかしく書かれていています。

もちろんそうした寓話的な世界や「あるある」の分析も大変面白く読めるのですが、西さんの小説はさらに、ペンを武器にするような強い部分も魅力なんです。現実に起こっている悲しい問題や理不尽な出来事を作品に登場させ、シビアな世間へと、深く切り込んでいくのです。本作では、後半で「Me Too」運動に通じるセクシャルな問題を扱っています。

ヒロイン・きりこは、思い切って出かけた外界で、かけがえのない仲間と出会います。そして、世の中と再び交わることで「世の中で一番大切なことは何か」を掴んでいきます。もちろん、ねこのラムセス2世と共に! 夢や幻想以上の、確かな希望をくれる小説『きりこについて』。ねこを愛するすべての人へおすすめしたい素敵な小説です。


書籍情報

ねこを愛する人に希望を届ける、力強いねこ小説

『きりこについて』
著者:西加奈子
発売日:201年10月25日
定価:本体520円+税
判型:文庫判
出版社:角川書店